国内UX第一人者 黒須正明先生による連載コラム第二回「UXに関する定義」


[品質特性とユーザ特性と利用状況]
UXを考えるうえで考慮すべきものが3つあります。それは、製品やシステムやサービスの品質特性、それを利用するユーザの特性、それが利用される状況です。
まず品質特性について考えましょう。ISO/IEC25010 (注1)というソフトウェアの品質に関する規格では、製品品質と利用時の品質という区別をしています。前者は製品などがもっている、あるいはもつべき品質ということで、後者はその製品などを利用した時の品質ということです。筆者は、その区別は重要なものと考えていますが、できあがった製品の品質を結果的に表現するよりは、設計時に考慮すべき品質なのだというニュアンスを強めるために、製品品質のかわりに設計時の品質という表現を用いています。つまり、図 (注2)を見ていただくと分かるように、設計時の品質があり、その結果として製品品質があり、それを使った利用時の品質がそれに続くということです。

[ユーザビリティの位置づけ]
ここで重要なのは、前回、UXとの区別をうるさく書いたユーザビリティの位置づけです。ユーザビリティは使用性と言われることもありますし、日常語の使いやすさという言葉とも関係深いものですが、ISO/IEC25010では製品品質(筆者の分類では設計時の品質)のなかに含まれています。それは、具体的にいえば、認知しやすく、記憶しやすく、学習しやすく、発見しやすく、操作しやすく、エラーを起こさないことです。Webサイトのデザインにおいても、そうした品質特性を良くするよう、ワイヤフレームの作り方や、個々のウィジェットのデザイン、配色などに注意が払われていますね。
注意していただきたいのは、ユーザビリティ(usability)にしても、そのほかの品質特性、たとえば、システムが更新されても以前と同じように信頼できるかという信頼性(reliability)にしても、WindowsとiOSのように異なるOSのうえでも同じように動作するという互換性(compatibility)にしても、メンテナンスの担当者によって確実に保守や修正ができるという維持性(maintainability)にしても、設計時の品質に含まれている品質特性の多くには-abilityという語尾がついていることです。Abilityというのは能力のことですから、設計時の品質は、製品やシステム、サービスの「能力」をできるだけ高めようとすることになります。いいかえれば、それは設計時に想定された能力であって、それが実際に高いUXを持っているかどうかはまだ利用の現場では確認されていない、ということです。それが確認できるのは、実ユーザにより実利用状況で利用されたときの利用時の品質として明らかになった時なのです。能力である学力が高くても、確実に受験で合格するとは限らないのと同じことです。
一方、利用時の品質のほうには有効さや効率、生産性などが含まれています。要するに、実ユーザが実利用状況で製品やシステムやサービスを利用した場合に、どれだけ有効に使え、効率が高く、生産性の向上に寄与するかが利用時の品質として問題になる、ということです。

[満足感の位置づけ]
さらに重要なことは満足感というものが右下に位置づけられていますが、これも使ってみて初めて評価できることであり、したがって利用時の品質のひとつになるわけです。しばしばユーザビリティテストが終わった時に、このWebサイトに満足できますかとか、このサイトを友達に紹介したいと思いますかといった満足度評価を取ることが行われています。しかし、ユーザビリティテストというのは、実験的な環境で短時間使ってもらうことですし、しかもその利用はテスト参加者となったユーザの自発的な意志に基づいたものではありません。したがって、満足感をユーザビリティの段階、つまり設計時の品質として扱おうとすることは間違っているのです。仮にユーザビリティテストの段階で測定したとしても、それは一時的な満足感であり、一般性のないものなのです。本来の満足感は、実際に製品やシステム、サービスを利用しているなかで測定されるべきものなのです。

[UXの位置づけ]
これらのことから分かるように、UXは利用時の品質と関係する概念です。ただし、製品やシステムやサービスの品質特性だけで決まるものではありません。どのようなユーザがどのような状況で利用するかにも影響を受けるものです。ユーザ、つまり人間には実に多様な個人差があります。記憶力や学習能力、経験の違い、年齢、性別、性格の違い等々です。ですからAさんにとって高いUXを感じさせたものがBさんにも同様に高いUXと感じられる保証はありません。UX白書に、UXが個人的なものである、と書かれているのはそういうことなのです。また利用状況もさまざまで、たとえば屋内のデスクで利用している時と、屋外で歩きながら利用している時とでは、UXの評価に違いがでてきてもおかしくないわけです。

[次回に向けて]
今回は、品質特性とUXの関係についてお話ししましたが、まだ図の下半分については詳しくご説明していませんでした。次回は、そこに書かれている主観的品質特性とUXの関係についてお話しします。

注1 ISO/IEC 25010:2011は、翻訳されてJIS規格となっています。JIS X25010:2013がそれです。「システム及びソフトウェア製品の品質要求及び評価(SQuaRE)-システム及びソフトウェア品質モデル」というタイトルです。
注2 この図や関連する概念の説明は、Masaaki Kurosu『Theory of User Engineering』CRC Press 2016に詳しく行ってあります。この本は、近々ペーパーバックも出る予定ですので、英語ではありますができればご参照ください。


Post Author: 黒須正明

黒須正明
 1978年早稲田大学文学研究科(博士課程心理学専修)単位取得満期退学、日立製作所に入社し、中央研究所で日本語入力方式やLISPプログラミング支援環境などのソフトウェアシステムの研究開発に従事。1988年同社デザイン研究所に移り、インタラクションデザイン、ユーザビリティ評価の研究に従事する。1996年に静岡大学情報学部情報科学科教授として赴任し、ユーザ工学の体系化を行う。2001年文部科学省メディア教育開発センター(2005年4月より独立行政法人、2009年4月に放送大学に併合)教授として赴任。2017年に放送大学を定年退職し放送大学名誉教授。以後、フリーとして活動し、ユーザ工学の立場から人間とあらゆる種類の人工物の適切な関係のあり方というテーマに取り組んでいる。  学会活動として、APCHI98大会委員長、INTERACT2001大会長、ICHCI2009,2011,2013,2014,2015,2016,2017大会長、NPO人間中心設計推進機構の理事長などを歴任。  著書に「Theory of User Engineering」「研究者の省察」「人間中心設計の基礎」「コンピュータと人間の接点(共著)」など。ACM SIGCHI、ヒューマンインタフェース学会、日本心理学会、日本感性工学会などの会員。  個人サイトは、 http://user-engineering.net/masaaki/index.html