国内UX第一人者 黒須正明先生による連載コラム第四回「UXに影響する要因」


[ユーザ特性と利用状況]
既に述べたように、利用時の品質はそれだけでUXを規定するものではありません。UXには、ユーザ特性と利用状況が関係してきます。ユーザ特性としては、身体特性、認知特性、心理特性、年齢や世代、障害の有無や程度、性差などがあり、利用状況としては、物理的環境、社会的環境、言語と文化、地理的環境などがあります。
ユーザ特性と利用状況は、利用時の品質と並列の形でUXに影響するものというよりは、利用時の品質に影響をおよぼす要因という形で、結果的にUXに影響していると考えた方がいいでしょう。たとえばユーザ特性のひとつの年齢や世代をとりあげて、特に高齢者ユーザについて考えて見ると、加齢によって生じる老眼がまず問題になります。Webサイトに使われている文字が小さすぎたり、背景と文字のコントラストが低かったりすると、若年者ユーザには問題ないものであっても、読みにくさが生じ、その結果として「良く読めない」という形で客観的利用時品質である有効さに影響が生じます。また「ゆっくりなら読めるけど速く読むのは難しい」という形で、やはり客観的利用時品質である効率に影響が生じます。つまり、有効さや効率という客観的利用時品質は、個人差の影響を受け、それが主観的利用時品質の低下を引き起こし、結果的にUXに影響を及ぼすわけです。ただ、文字の見えやすさのようにすぐに評価、確認ができる内容であれば、設計時にそれを摘出することができます。ですから、そのような種類の問題であれば、ユーザビティテストをやるまでもなく、設計時に改善を施すことは可能です。
しかし、次のような場合はどうでしょう。心理特性の一つである適応力には個人差があります。必ずしも高齢者の適応力が低いというわけではなく、若い人でも新規なインタフェースでまごついてしまう人がいます。Webサイトのインタフェースが新しいものになり、見かけは斬新で綺麗になっても、さていままで通りのやり方でやろうとすると上手くいかない、ということが起こるのです。適応力の高い人は、直感でこうじゃないかなと考えて、あるいは積極的にいろいろと試してみて、正しい使い方を早期に学習することができても、適応力の低い人の場合はそうはいきません。その結果、客観的利用時品質の効率が悪くなり、さらに主観的利用時品質の快適さが低くなり、このサイトのUXは低い、と判断されてしまうことが起こりうるのです。こうしたことも設計の段階で、多様なユーザをユーザビリティテストの参加者として利用していれば防ぐことは可能ですが、人間の多様性はとても多次元的なものなので、全ての多様性をテストによって事前に把握することは困難で、どうしても漏れ落ちが発生してしまうのです。

[感性とUX]
さらに、感性的側面もUXに関係します。主観的利用時品質に位置づけられている楽しさや嬉しさなどの特性は、感性的特性ということもできます。感性工学という研究領域では、ポジティブな感性を目指して活動していますが、人間の感性にはポジティブとネガティブの二つの側面があります。ポジティブな感性的魅力を追求することも大切ですが、少なくともネガティブな感性的経験を発生させないようにする配慮も重要です。ネガティブな側面が少ないことは消極的かもしれませんが、その結果もまた魅力になるのです。
感性的魅力というと、美しさや可愛らしさなどが浮かぶかもしれませんが、それだけではありません。好ましさや喜ばしさも感性的魅力の一つです。そして、重要なことは、それらがユーザビリティとは異なる設計時品質によってもたらされており、それがUXに影響しているということです。次の節でその点を明らかにしましょう。

[ユーザビリティとUX]
何度も同じ図を引用して恐縮ですが、この図からもう一つ重要なことがわかります。それは、ユーザビリティは客観的設計時品質のひとつですが、客観的設計時品質は全体として、客観的利用時品質に影響し、さらにはUXに影響する、ということです。UXの方から逆にたどれば、UXに影響するのはユーザビリティだけではない、ということになります。
この点は非常に重要なことで、ユーザビリティとUXを混同する人たちは、主にユーザビリティ関連の仕事をしてきた人たちであることが多いのですが、彼らはユーザビリティにしか目が向いていないため、とかくユーザビリティ「が」UXに関係していると考えてしまい、ひいてはユーザビリティとUXの混同を犯してしまっているようです。
しかし、UXが客観的設計時品質の影響を受けるということは、ユーザビリティだけでなく、機能性も性能も、信頼性も、安全性も、互換性も、費用も、そして維持性もUXに影響している、ということです。さらには主観的設計時品質である魅力も当然影響しているわけです。UXに影響するのはユーザビリティだけではないのだ、という点、まただからこそユーザビリティとUXは違うのだ、という点を繰り返しておきたいと思います。
たとえば客観的設計時品質のひとつである費用を考えて見ましょう。ECサイトのひとつであるネットスーパーを例にとると、ネットでの商品価格が店頭価格より高ければ、それでもネットを利用するという人は車をもっていなかったり、外出するのがおっくうだという人ぐらいに限られてしまうでしょう。店頭価格と同等であれば、重くてかさばる荷物を運んでくる手間がないということで、ネットスーパーの魅力は高まります。この点は、ネットスーパーのユーザビリティと言ってもいいでしょう。しかし、ネットスーパーの利点はユーザビリティだけではありません。筆者が使っているネットスーパーでは、店頭だとひとつ3円とか5円するレジ袋を無料でつけてくれます。買い物が多いと、その数は10個くらいになるので、ちょっとしたお得気分になります。これはユーザビリティの問題ではありませんね。費用の問題です。しかし、それによってUXは高まります。これがユーザビリティ以外の客観的設計時品質が満足感に、そしてUXに及ぼす影響のひとつの例です。もちろん、その他にもスーパーまで行く時間やガソリン代が浮くというメリットもあります。これもまた費用に反映するものです。いいかえれば、UXを設計するということは、ユーザビリティもさることながら、トータルとしての設計時品質を考慮することなのです。


Post Author: 黒須正明

黒須正明

 1978年早稲田大学文学研究科(博士課程心理学専修)単位取得満期退学、日立製作所に入社し、中央研究所で日本語入力方式やLISPプログラミング支援環境などのソフトウェアシステムの研究開発に従事。1988年同社デザイン研究所に移り、インタラクションデザイン、ユーザビリティ評価の研究に従事する。1996年に静岡大学情報学部情報科学科教授として赴任し、ユーザ工学の体系化を行う。2001年文部科学省メディア教育開発センター(2005年4月より独立行政法人、2009年4月に放送大学に併合)教授として赴任。2017年に放送大学を定年退職し放送大学名誉教授。以後、フリーとして活動し、ユーザ工学の立場から人間とあらゆる種類の人工物の適切な関係のあり方というテーマに取り組んでいる。
 学会活動として、APCHI98大会委員長、INTERACT2001大会長、ICHCI2009,2011,2013,2014,2015,2016,2017大会長、NPO人間中心設計推進機構の理事長などを歴任。
 著書に「Theory of User Engineering」「研究者の省察」「人間中心設計の基礎」「コンピュータと人間の接点(共著)」など。ACM SIGCHI、ヒューマンインタフェース学会、日本心理学会、日本感性工学会などの会員。
 個人サイトは、 http://user-engineering.net/masaaki/index.html